【小説】片道45分

小説チックなやつ

ある夏の夜だった。相方が

「東京タワーに行きたい」

と言ったのは。

そのころ僕たちは週末の夜、カーシェアリングで車を借りて、ドライブすることが日課となっていた。しかし、何度もドライブをしているとどうしても行き先に困ってしまう。ドライブコースなんて何個も何個もあるわけがない。

毎回毎回同じところを走っていると飽きが来てしまう。それを踏まえての相方の提案だった。

私は特に断る理由もなかったので、分かったと返事をして早速カーシェアリングのアプリを起動して車を予約した。

カーシェアリングは15分ごとに料金がかかる仕組みだ。恥ずかしい話、ドライブの料金はすべて私が負担していたのであまり時間はかけたくないというのが本音だった。(相方がその分還元してくれる場面も多かったが)

横浜に住んでいる私には、東京タワーはかなり遠いイメージがあった。いつもドライブは1時間半以内ぐらいに終わらせていたが、東京タワーと聞いて確実に2時間コースだなと思い、あまり気乗りしなかった、まあその認識はすぐ変わるのだが。

さて、ドライブまでの1時間余りの時間をスマホゲームをしたり、漫画を読んだり、お菓子を食べたりして潰したら、いよいよ東京タワーへ出発だ。相方はノリノリで”まだ東京タワー空いてるかな?”なんて言っていたが、もう23時近く。空いているわけがない。

外へ出ると、じめじめと蒸し暑く顔に虫が当たる。そんな状況も私の気落ちに拍車をかけた。

相方はというと、私の気も知らずかもしくは知ってかとてもはしゃいでいる。まあ私の気持ちを知っていたら相当の空気の読めなさだが、盛り上げようとしてくれていたのかもしれない。

もしそれで私が機嫌を損ねたら、命を預けるお前は相当の危険行為をしているぞ、なんて思ったが、そんなこと言えるはずもなく、冗談をいう気分でもなかったので黙っていた。

私の家から駐車場まで徒歩で10分ほどなのだが、その道のりがひどく長く感じられた。まるですごろくで永遠に”3マス戻れ”マスに泊止まっているような感覚だった。大げさかもしれないが、その時はそう感じたのだ。それくらい私の気分は落ち込んでいた。

通りかかったコンビニで相方が”なんか買ってくるよ~”なんて言って私を置いて入って行ってしまったがそれを追いかける元気もなく、先に車を取りに行こうと思い駐車場へと歩を進めた。

この時、黙って家へ帰ったらどうなるのだろうとか、このまま隣の飲み屋へ入ってしまおうかとか、タクシーに乗って横浜駅へ行って始発で羽田に行って沖縄まで飛んでそのまま5年間ぐらい放浪生活をしてしまおうかなんて妄想が浮かんだ。そしてどれも魅力的な提案で、本当にタクシーを呼び止めようなんて挑戦をしてみたが、3台目くらいに無視されたところでそれもあきらめ、素直に駐車場に向かった。

もしこの時、タクシーを呼び止めていたらどうなっていたのだろうか。運転手に愛想笑いをしつつ、酔っ払いのふりをして適当にあしらうか。それとも本当に横浜駅へ載せていってもらっていたか。想像するだけで面白い。オモチロイ。

車をコンビニの前にもっていくとすでに相方がスタンバイしていた。手には二つのアイスコーヒーを持っていて、私に大きいほうを押し付けてくる。こういうところはとても気が利くのだ。私の気分も幾分かは晴れた。

アイスコーヒーをすすりながら路肩に車を止め東京タワーにナビ設定をしていると、車内に揚げ物のにおいが充満する。どうやら相方がファミチキを買っていたようだ。差し出してきたので当然のように一口かじり、作業を再開する。

ナビで見るとどうやら東京タワーへは45分ほどで着くらしい。うまくいけば東京タワーで少し降りて見物するとしても、2時間以内で帰ってこれる計算だ。コーヒーやファミチキのこともあって私の気分もだいぶ晴れてきた。つくづく私は気分屋である。

滑らかに国道を走っていると相方がsuchmosをかけ始めた。このころ私たちの中ではsuchmosがブームとなっていて、11月のライブのチケットも激闘の末、手に入れていた。

私は今年の3月に免許を取ったばかりの若葉マークであったが、毎週毎週東京で運転していただけあってそこそこ運転できるようになっていた。慣れてきたころが一番危ないなんて言われているが、運転中に油断するということが考えられなかったのでまだ事故には至っていなかった。

運転というのは慣れてしまえば退屈なものだ。これぞ油断かもしれないが、初めての運転の新鮮さは、もう無くなっていた。

道中は夜中で道もすいているので、特筆することはなかった。唯一失敗してしまったことは4車線のうち、2車線が右折専用レーンでまっすぐ行きたかった私は、車がいなかったので黄色い線を跨いでまっすぐ走ってしまったことだろうか。警察がいなくてよかったとひやひやしたものだ。

ナビというものは案外正しいもので、ちょうど45分ほどで東京タワーへ到着した。入口は夜のためわかりにくかったが、すんなり入ることができた。

深夜ではあったが人はそこそこいて、大学生だろうか、10人ほどの男女が東京タワーを見上げながらベンチで談笑していた。

私たちはそこらへんに車を止め、公園のようなところを見て回った。私は魚が好きなのだが、池なんてものがあって、それを熱心に見つめていたら、後ろから押されて危うく落ちそうになった。

公園を抜けると東京タワーのふもとであった。横には先ほどの大学生たちがおしゃべりをしている。女子の何人かが浴衣姿だったのでついじーっと見つめてしまっていたら、相方に小突かれた。

夜の東京タワーというのは思いのほか幻想的で、見る者を圧倒した。その夜の光に吸い込まれそうで少々恐怖を覚えた。実際吸い込まれた人が何人かはいたのでは、なんて妄想もした。

相方は喜んで写真を何枚も撮影していた。何を思うのだろうか、なんて思ったりもした。おそらく東京タワーを何らかの食べ物に変換していることは想像がついたが、その先は分からなかった。

なんだか蒸し暑く、虫も多いので帰ることにした。

帰り道は、タクシーが多く、大体が運転が乱暴なため、慎重に慎重を期して帰らねばならなかった。若葉マークを付けている若者に対してそんな運転をしたら、リスクがとても高いのでは、なんて思ったが、彼らはなんだかんだうまくすり抜けていくので、後半には安心して運転できた。

帰り道は行きよりも5分ほど早く着いた。帰り道のほうが早く感じるとはよく言ったものだ。実際時間も早くなっていたが。

帰りの車内はHIPHOPがかかっていた。このころは思ったより時間がかからなかったことと、運転が楽しかったので上機嫌になっていたことを覚えている。スチャダラパーなんかを合唱しながら帰った。

ほどなくして駐車場に着いた。忘れ物を確認して帰路に就いた。忘れ物をするといろいろめんどくさいのだ。

帰りもコンビニに寄った。おにぎりを1個おごってもらった。しかし、初心者マークをはがし忘れたことに気づき、慌ててはがしに戻った。

歩いて帰る途中、飲み屋の前に差し掛かった。中は満杯で、外まで客があふれ出している。蒸し暑いし、外で飲むビールはうまそうだなんで思った。

帰ってから、シャワーを浴びておにぎりを食べた。おにぎりはたらこだった。しょっぱくておいしかった。

今日も無駄に休日を過ごした。午後に目を覚まし、2時間ほどごろごろして過ごす。それから着替えて顔を洗い、昼ご飯を食べる。適当に近所を散歩し、パソコンを開く。ドライブをするので残念ながら麦酒は飲めないが、適当に夜ご飯を食べる。入浴をし、ドライブをする。

なんてない日、しかし、確かに幸せであった日であった。

 

守田一郎